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サクラ/在来種/春の花/バラ科サクラ属

サクラという名前は古事記や日本書紀に登場する女神の「コノハナサクヤヒメ」からきているという説が有名です。
「『古事記』では本名を神阿多都比売(かむあたつひめ)、別名を木花之佐久夜毘売
「『日本書紀』では本名を神吾田津姫、神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ)、別名を木花開耶姫、」
「『播磨国風土記』では許乃波奈佐久夜比売命と表記する。読みはコノハノナサクヤビメ、コノハナサクヤビメ、コノハナサクヤヒメ、または単にサクヤビメと呼ばれることもある。木花咲弥姫命(このはさくやひめのみこと)と表記することもある。」
以上:ウィキペディアより引用 太字部分は私がつけました。たくさんありますね。それに「コノハナサクヤヒメ」は「別名」なんですね。
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サクラが「コノハナサクヤヒメ」を由来にしているのはいいのですが、この女神様は花や植物の神というわけではなさそうなんです。担当している業務というか属性は、火難除け(これは父親譲り)、安産・子授けのほか、農業、漁業、織物業、酒造業、航海安全などです。農業や織物、酒造は植物に関係している部分がありますが、「ククノチ(またはクグノチ。『古事記』では久久能智神、『日本書紀』では句句廼馳)」さんのようなちゃんとした「木の神」という属性がありません。

ではサクラという名が付いたのかいつごろなのでしょうか。「古事記」「日本書紀」は奈良時代に書かれていますが、この時代のサクラはそれほど目立った存在ではなかったように思われます。そのころの日本は中国に遣隋使や遣唐使などを送って技術や文化を学んでいました。その中国ではサクラよりもモモ(桃)の方が人気があったようです。三国志の「桃園の誓い」や「桃源郷」とか、「李(スモモの木)下に冠を正さず」なんていう諺もあります。サクラに関するものは思いつきません。

ということで「サクラ」という名前がいつから使われるようになったのかを探す旅に出ました。そうしたら意外なことに「古事記」と「日本書紀」の「履中天皇」に関する記述の中に「若櫻宮」という記述があるんです。これは「若櫻」という場所にある宮、もしくはそう名付けられた住まいのことだと思います。「コノハナサクヤヒメ」から「サクラ」という名がが生まれたということですが、一冊の本の中で「咲耶」→「櫻」はおかしい気がします。「サクヤ」から「サクラ」に変わるのが早すぎです。しかも「櫻」という漢字を使っています。「サクヤ」と「サクラ」は別物のような気がします。

「古事記」の中にある「木花咲耶姫」の記述を探していたんだけれど見つかりません。「神阿多都比売」でも出てこない。そのかわりに「木花知流比売(このはなのちるひめ)」がヒットしました。「咲く」じゃなくて「散る」なのです。えーと、どちら様でしょうか? 見過ごしてしまったか、違う「古事記」を検索してしまったのかな? 謎は深まるばかりです。ご存知の方がおられましたら、「木花咲耶姫」の記載されている箇所や、上の文章の間違っている部分などをコメントで指摘していただければ幸いです。
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太い幹からソメイヨシノの花がいきなり生えてきました。地上から1メートルぐらいの所です。枝じゃなくて幹ですよ。すごいパワーだと思います。

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