花の名前と物語/イラスト雑記帳

カテゴリ: > 白い花

IMG_0003

ハコベ/在来種/ナデシコ科ハコベ属

ハコベは春の七草ではハコベラとも呼ばれます。春になるとあちこちで見かけますが、実は謎だらけの植物なのです。だから名前の由来もよく分かりません。

IMG_0004

まず、ハコとは「白:ハクがハコになった」、そして「べ」や「ベラ」は「花びらのビラが変化したという説。簡単で素直な説に思えますが、あまり支持されていないようです。

さて次の説ですが、ちょっと複雑なんです。参考にしたサイトが消えてしまったので、おぼろげな記憶を元に書いてみます。

神様へのお供物は「神饌(しんせん)」と言いますが、「幣帛(へいはく)」とも呼ぶそうです。お米やお酒、農産物などや海産物のような食べ物を供えることが多いのですが、昔は布も供物として供えられました。それが「幣(ぬさ)」です。また、それも「幣帛」と呼びます。「幣」は麻、「帛」は絹という記述もありますし、絹も麻も「幣」と呼ぶ場合もあり、複雑です。

この「幣帛(へいはく)」を逆にすれば「はくへい」になり、これが「ハコベ」の語源のように思えますが、これも違っているようです。


次に「幣」が入っている神社関連の言葉を挙げます。

・和幣(にぎて):神前にささげる麻や楮(こうぞ=和紙の原料)で織った布。

・御幣(ごへい):しめ縄や竹の先に、白い紙を稲妻形に折って左右対象に八の字の形にして付けたもの。お祓いに使う時にはもっとたくさんの御幣を棒の先につけます。今は紙ですが前述した「和幣」のように、以前は布だったようです。


長くなりましたが結論です。この「幣(へい)」が「白い幣」になり「ハクヘイ→ハコベ」となったということです。ちょっと強引のような気もしますけど。「幣」のイメージは「麻」と「布や紙」ですね。布や紙は植物の繊維でできています。そして布は繊維を糸にしてから織りあげます。さて、下の写真を見てください。

IMG_0005
ハコベの中には太い糸のようなものがあるんです。これと花の色が「幣」と結びついたのではと思います。今の「幣」は白いイメージですが、それが麻だった場合、白ではなく薄い黄色になるのじゃないでしょうか。だからわざわざ「白」を付けたのだと思います。


■本ブログで使用しているイラストは下の無料イラストのサイトにあります。なお会員登録が必要ですが無料です。


無料イラスト素材【イラストAC】

IMG_5902

モクレン(木蓮)/帰化種/春/モクレン科モクレン属

モクレンは漢字で書くと木蓮、つまり木に咲く「蓮(ハス)」という意味になります。ところがこのモクレンは以前はボクランと呼ばれていたようなのです。ボクランとは「木の蘭」のことです。中国は今でもギョクラン(玉蘭)かボクラン(木蘭)と呼びます。発音が違うかもしれませんが漢字ではそうなのです(ただし、蘭の字は簡体字)。つまり日本では途中で「蘭」から「蓮」に変わったのです。なぜでしょうか。
IMG_5901
モクレンは中国原産の木で日本に最初に入ってきたのが918年頃のことです。初めて日本に来たのですから名前もそのままです。両国とも漢字を使っていますから新しい名前を考えなくてもいいので楽です。その名は「シギョクラン(紫玉蘭)」。つまり現在「シモクレン(紫木蓮)」と呼んでいるものは平安時代にやって来たのです。では「ハクモクレン(白木蓮)」が来たのがいつかというと1677年頃、江戸時代です。ただ、名前は白木蓮ではなく「白玉蘭」なのですが。

もともと日本の蘭は小さくて地味なので「紫玉蘭」と言われてもどこかピンとこない。そこに「白玉蘭」が来ました。誰言うともなく「蘭より蓮に似ている」との声が上がります。そうして日本では「シモクレン(紫木蓮)」と「ハクモクレン(白木蓮)」と呼ばれるようになりました。めでたしめでたし。

この話はあくまでも私の想像です。いわゆるエビデンスというものを見つけてはいません。でも、あの花を見て蘭か蓮のどちらに似ているかと言われれば、迷うことなく蓮と答えるでしょう。
IMG_5899

蓮の花がシャープなラインでかっちりとしたイメージなのに対して、木蓮の方は丸みを帯びて柔らかで、どこか力が抜けた感じがします。

■本ブログで使用しているイラストは下の無料イラストのサイトにあります。なお会員登録が必要ですが無料です。


無料イラスト素材【イラストAC】

IMG_5903
サクラ/在来種/春の花/バラ科サクラ属

サクラという名前は古事記や日本書紀に登場する女神の「コノハナサクヤヒメ」からきているという説が有名です。
「『古事記』では本名を神阿多都比売(かむあたつひめ)、別名を木花之佐久夜毘売
「『日本書紀』では本名を神吾田津姫、神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ)、別名を木花開耶姫、」
「『播磨国風土記』では許乃波奈佐久夜比売命と表記する。読みはコノハノナサクヤビメ、コノハナサクヤビメ、コノハナサクヤヒメ、または単にサクヤビメと呼ばれることもある。木花咲弥姫命(このはさくやひめのみこと)と表記することもある。」
以上:ウィキペディアより引用 太字部分は私がつけました。たくさんありますね。それに「コノハナサクヤヒメ」は「別名」なんですね。
IMG_5906
サクラが「コノハナサクヤヒメ」を由来にしているのはいいのですが、この女神様は花や植物の神というわけではなさそうなんです。担当している業務というか属性は、火難除け(これは父親譲り)、安産・子授けのほか、農業、漁業、織物業、酒造業、航海安全などです。農業や織物、酒造は植物に関係している部分がありますが、「ククノチ(またはクグノチ。『古事記』では久久能智神、『日本書紀』では句句廼馳)」さんのようなちゃんとした「木の神」という属性がありません。

ではサクラという名が付いたのかいつごろなのでしょうか。「古事記」「日本書紀」は奈良時代に書かれていますが、この時代のサクラはそれほど目立った存在ではなかったように思われます。そのころの日本は中国に遣隋使や遣唐使などを送って技術や文化を学んでいました。その中国ではサクラよりもモモ(桃)の方が人気があったようです。三国志の「桃園の誓い」や「桃源郷」とか、「李(スモモの木)下に冠を正さず」なんていう諺もあります。サクラに関するものは思いつきません。

ということで「サクラ」という名前がいつから使われるようになったのかを探す旅に出ました。そうしたら意外なことに「古事記」と「日本書紀」の「履中天皇」に関する記述の中に「若櫻宮」という記述があるんです。これは「若櫻」という場所にある宮、もしくはそう名付けられた住まいのことだと思います。「コノハナサクヤヒメ」から「サクラ」という名がが生まれたということですが、一冊の本の中で「咲耶」→「櫻」はおかしい気がします。「サクヤ」から「サクラ」に変わるのが早すぎです。しかも「櫻」という漢字を使っています。「サクヤ」と「サクラ」は別物のような気がします。

「古事記」の中にある「木花咲耶姫」の記述を探していたんだけれど見つかりません。「神阿多都比売」でも出てこない。そのかわりに「木花知流比売(このはなのちるひめ)」がヒットしました。「咲く」じゃなくて「散る」なのです。えーと、どちら様でしょうか? 見過ごしてしまったか、違う「古事記」を検索してしまったのかな? 謎は深まるばかりです。ご存知の方がおられましたら、「木花咲耶姫」の記載されている箇所や、上の文章の間違っている部分などをコメントで指摘していただければ幸いです。
IMG_5905
太い幹からソメイヨシノの花がいきなり生えてきました。地上から1メートルぐらいの所です。枝じゃなくて幹ですよ。すごいパワーだと思います。

■本ブログで使用しているイラストは下の無料イラストのサイトにあります。なお会員登録が必要ですが無料です。


無料イラスト素材【イラストAC】

このページのトップヘ